できるだけ手間を掛けずに省略箇所を再現する – ヤマシタホビー製1/700吹雪をレビューする: 中篇

前回に引き続き、ヤマシタホビーの「吹雪」のキットをレビューする。

既にSNS等で話題になっている、2番・3番砲周りの軌条省略問題を中心に兵装関連の検証と、それに対しての簡単な解決案を提示してみたい。


主砲

A型砲はボリューム・形状とも適切なものだが、やや軸のはめ合わせが甘く、接着せず旋回させたい人は多少軸を太らせるなり、PCを仕込むなりの工夫が必要。
砲身の太さはピットロードの新装備セットNE品番のそれに近く、陽炎型などをNE系パーツでディテールアップしている方なら、一緒に並べても違和感はない。

ただ、基部の方に問題がある。
A型砲室は後部に旋回用の車輪があり、「深雪」と「改吹雪型」の「浦波」の公式図面[1] [2]では甲板上に旋回用の円形軌条が描かれている。
船首楼の1番砲の表現がまさにそれなのだが、2番砲・3番砲では省略されている
「駆逐艦模型研究室」のレビューによれば、「綾波型」とのパーツ共有化の為では? とのこと[3]。ここは手作業で追加するのはなかなか難しく、ディテールアップにおける一番の難点となるだろう。

性能改善工事中の「吹雪」: 1936年 (昭和11年) 性能改善工事中の「吹雪」。甲板敷物は剥がされているが、旋回軌条はそのまま。残念ながら、旋回盤に敷物や砲が載った後の写真は無い。[4]

さらに「綾波型」との共用化に伴って、若干、主砲のレイアウトもずれている。
パッと見で気になるのは2番砲砲口と、直下の甲板室後端の位置関係だが、前出の「駆逐艦模型研究室」によれば、実は甲板室そのものの位置のズレが原因[5] らしい。

「浦波」公式図面とヤマシタホビー「吹雪」の比較 2番砲下の甲板室後壁より後ろが、全体的に後ろ寄り。

本格的な修正を試みると甲板室を丸ごと切り取る大工事になるため、お手軽な対応案を考えてみた。

簡易版2、3番砲修正案

「深雪」「浦波」の公式図面[6] [7]から実測すると、旋回盤外縁の軌条の高さは1/700換算で1番砲が0.3mm、2、3番砲は0.1mm程度。幅はもっと狭く、0.1mm以下である。
故に、私の案としては、軌条そのものは省略し、タミヤ版同様に薄い円盤として処理してしまうと云うのはどうだろう、と思う。

具体的には、0.1~0.14mmあたりのプラペーパーを皮革加工用のポンチで円形に打ち抜いて貼るだけ
1、3番砲旋回盤は1/700換算で直径8mm、2番砲は7mm。主砲基部は同じく3.5mm径に打ち抜いたプラペーパーの円盤を重ねて再現する。

ヤマシタホビー「吹雪」の主砲旋回盤の追加 2番砲の旋回盤だけやや直径が小さいのに注意。

3番砲の旋回盤は元の軸位置に取り付けるが、2番砲は元の軸より1mm弱後ろにずらす

ヤマシタホビー「吹雪」の主砲位置の調整
ヤマシタホビー「吹雪」の主砲位置の調整 2番砲の先端が僅かに甲板室後壁より後ろになるように。

この場合、本来のレイアウトに比べて2番砲と3番発射管の間隔が約1mm広くなり、3番砲以降が約1mm狭い仕上がりになる。
元々正しかった2番砲と後檣の位置関係は狂うが、2番砲砲身先端が僅かに甲板室より後ろに出る「吹雪型」固有の特徴は再現できる。数値的正確さを捨てる代わりに、最低限の加工で位置関係の整合を取る訳だ。

あと、この手法を採るなら、勿体ないが1番砲の旋回軌条も削り取って2、3番砲と同じ処理にしてしまった方がバランスは取れると思う。

ここまでやるなら、ついでにもうひと手間。省略された上部艦橋窓と、三脚楼の横桁も足してやろう。
いずれも、側面から見た時の印象が格段に良くなる。

ヤマシタホビー「吹雪」のおすすめ追加工作 キットのマスト部品を活かして横桁を足すなら、0.5mm径のプラ棒がジャストフィット。

旋回盤と上部艦橋に三脚横桁、この3点が、ヤマシタホビーの「吹雪」で、最低限の手間で高い効果を得られる、おススメの改修ポイントだと考える。

性能改善工事後の「吹雪」: 1936年 (昭和11年) とヤマシタホビー「吹雪」の修正前後の比較 修正前後と、実物の側面形比較。上部艦橋の風防・天蓋追加により、艦橋全体が前後に長く見える印象が払拭される。[8]

余談: 旋回盤の表面材について

「吹雪型」の旋回盤は鉄張りである、と云うのが定説だが、1、3番砲についてはリノリウム張りの可能性もあるのではないか

まず、2番砲については「改吹雪型」である「浦波」公式図に鉄甲板である事を示す滑り止め記載が確認できる
また、2番砲の設置されている最上甲板は全面鉄張りである事も同図から判る。

他方、1、3番砲については、同図に滑り止めの記載がなく、また、周囲の甲板は写真からリノリウム張りである事が判明している。(1番砲については、鉄張りとリノリウム張りの境目上だが)

「浦波」の主砲旋回盤 左が2、3番砲、右が1番砲周辺の平面図。単に滑り止め表記を省略しただけの可能性もあるが……?[9]

その後の「綾波型」では砲架変更に伴い旋回盤自体が廃止されているものの、砲架周囲の甲板敷物が八角形に区切られており、「吹雪型」で旋回盤の位置にあたる八角形内部にもリノリウム押さえらしきものが確認できる。

「響」の1番砲基部: 1941年(昭和16年) 「綾波型」では、「吹雪型」の旋回盤に相当する部分が八角形に区切られており、内側にもリノリウム押さえ金具らしきものがある。[10]

1番砲、3番砲とも兵員居住区の直上に位置しており、防暑・防音の観点からも、人の出入りが多く発熱の多い主砲付近はリノリウム張りにしておく方が合理的であるように思う。
すなわち、旋回盤の表面材は、一律鉄張りではなく、周囲の甲板素材に準じているという解釈もできるのではないか。

ただ、昭和期の水雷艇では砲架周囲だけ明確に鉄張りの確認できるものもあり、鉄甲板説は完全に否定される訳ではない。

「千鳥」の1番砲基部: 1931年(昭和6年) 水雷艇「千鳥型」では、「綾波型」同様に主砲基部が八角形に区切られているが、この部分だけ鉄甲板。[11]

残念ながら「吹雪型」の上空写真は不鮮明なものばかりで、鉄張りとリノリウム張りを明確に識別できるカットは見つけられなかった。
故に現状ではいずれにも確定できる根拠がないのだが、リノリウム張りで仕上げられた模型は見かけないので、実験的解釈としては面白いのでは? と思う。

魚雷発射管

魚雷発射管はやや高めにセットされた中央管体を表現するため、そこだけ別パーツ化すると云う凝りようだが、写真や図面の印象からすると、やや高低差を強調しすぎのきらいがある。
また、盾も含めた4パーツ構成で些か組み辛い。個人的には、高低差を抑え気味かつ2パーツで同等のディテールを再現した新ピットのNE04の方が好み。
立体物としては、ヤマシタ版の方が縦方向にメリハリが利いているので、模型的な見栄え優先でキットの物を使うのもアリかと。

ヤマシタホビー「吹雪」とピットロードNE04の魚雷発射管の比較 左がヤマシタホビーで、右が新ピット。メリハリを取るか、リアリティを取るか、といったところ。モールドは甲乙つけがたい。

機銃・爆雷

機銃は13mm単装機銃2丁が付属しているが、これは前回触れたとおり、各艦とも1939年 (昭和14年) に13mm連装に更新されている。機銃そのものは、他の武装パーツに比べてやや大きめでピットロードの初期の装備品セットに近い。
25mm機銃をWL共通パーツで揃えている方だと、ちょうど良いバランスに思う。

爆雷装備は、後甲板に九四式爆雷投射機 (両舷投射機・Y型砲) が1組と、艦尾に投下軌条が1対再現されている。
内、九四式の方は、田村俊夫氏の調査によると、八一式 (片舷投射機・K型砲) を1~2基装備していた艦も有った模様。また、竣工時の「深雪」の図面もそのような表記。
「吹雪」は1939年 (昭和14年) ごろの上空写真から、不鮮明ながらもキット通り九四式1組の装備で正しいように見える。
パーツそのものは、投射機・装填台ともサイズ、モールドの両面で申し分ない出来。

総評

同社初のフルキットと云う事もあり、プラモデルとしての基本的な組みやすさでは、前回触れたとおり、成形不良や変形など、こなれていない部分が目立つ。
その反面、形状の把握やディテールの再現など、設計面では先行他社や各種資料を細やかに研究した事を感じさせる、愛にあふれたキットである。
何と云っても、この内容で1,500円と、大手各社の同クラスの駆逐艦キットとほぼ同等の価格設定なのを考えると、コストパフォーマンスも高い。(経営大丈夫なんだろうか……?)

先に触れたとおり、製作時の重要なポイントとしては2点、まずは2、3番砲のレイアウトずれと軌条の省略にどこまで対応するか
もうひとつは、いかにキットのモールドやラインを損ねずに成形不良や変形に対応するか
この2点にどう対処するかを予め考えてから着手すれば、あとは迷いなく進められるはず。
徹底改修に挑むなら、「駆逐艦模型研究室」のレビューが参考になる筈だ。
逆に、徹底改修するつもりがないのに読むと、手が止まるかもしれないので注意 ()


もう20年ほど前になるが、武装パーツやWLシリーズの未キット化艦で評価を積み重ねてきたピットロードが、「陽炎型」をキット化し、敢然と静岡三社に正面勝負を挑んできた時を思い起こさせる。
今やピットロードは、1/700市場に於いて静岡三社やフジミと並び立つ、国内艦船模型メーカーの雄である。
願わくは、ヤマシタホビーもその一角を為すような元気なメーカーに育って欲しいと願ってやまない。

艦船模型業界の活性化、と云うのもあるが、なによりヤマシタホビーの表現力で他の艦がどのようにモデライズされるのか、見たくて仕方ない。
ヤマシタの「吹雪」は、そうした欲求を掻き立てられる「豊かな表情」を備えた名キットだ。


参考ウェブサイト

参考書籍

  • 戦前船舶研究会「駆逐艦『深雪』(竣工時) 舷外側面・上部平面」『歴史群像 太平洋戦史シリーズ18 特型駆逐艦』学習研究社、1998年、139-142頁 ^1 ^6
  • 日本造船学会「一等駆逐艦 吹雪型 (性能改善) 浦波 一般艤装図 3/3」『明治百年史叢書242 昭和造船史別冊 日本海軍艦艇図面集』原書房、1975年、82頁 ^2 ^7 ^9
  • 福井 静夫『写真 日本海軍全艦艇史』KKベストセラーズ、1994年、585頁 ^4 ^8、816頁 ^11
  • 「『特型駆逐艦』開戦前6amp;開戦後艦容集」『歴史群像 太平洋戦史シリーズ70 完全版 特型駆逐艦』学研パブリッシング、2010年、23頁 ^10

すべて敬称略。

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