今回は、昨年タミヤから発売された新版島風のリノリウム甲板デカールについて。
キットの売りであり、艦船モデラーの方にはあまり馴染みがないと思われる大判デカールの扱いについてまとめてみたい。
元は昨夏の艦船模型スペシャルに新キット紹介として載せたもので、誌面でもデカールの貼り方については別枠でスペースを頂いたのだが、「デカール貼りについて出来るだけ詳しく」と云われ調子に乗ってデカールだけで1000文字くらい書いたら「流石にそれは長すぎです」と削る羽目になったので (笑) 没になった部分含めて補完しようと云うのが今回の目論見。
新キット紹介なので基本的に素組だが、抜きの都合で再現されていない前後檣の斜桁を追加し、横イチになってしまっている後檣横桁を×の字に修正している。
リノリウム甲板は基本的にデカールだが、羅針艦橋床はデカールが用意されていないので、ピットロードカラーのリノリウム色。
デカールの貼りやすさは千差万別
デカールとは何ぞや、と云うレベルの初学者の方は流石にこの最果てのブログに辿り着けるとは思えないので、そう云った説明は省く。
水貼りデカールと一口に云ってもキットやメーカーによって質はさまざまであり、貼りやすさに関する要素では、強度・伸縮性・凹凸への馴染み・糊の強さあたりが重要と思う。
強度が弱いと位置合わせ中に破れてしまう。伸縮性も位置合わせに絡み、高いと容易に伸びてアウトラインやモールドの位置が合わなくなってしまう。凹凸への馴染みが悪いとモールドに追従せず破れたり皺になる。馴染みと伸縮性は裏表一体の関係にあり、柔らかすぎても硬すぎても綺麗に貼れない。糊は強いほど位置決めが容易だが、糊が強く伸縮性が高いと位置決め中に伸びてしまうし、糊が強く強度が弱いと破れたり切れたりするので糊もただ強ければよい、と云う訳でもない。
特にこのようなモールドにフィットさせるのが前提のデカールの場合、一度伸びてしまうと収拾がつかなくなる。
貼りやすさ以外の要素で重要なのは薄さと隠蔽力で、仕上がりに影響する。当然、薄い方が皮膜の段差は目立たないし、隠蔽力が高い方が綺麗に発色する。ただ、薄いデカールは切れたり伸びたりしやすく、隠蔽力の高いデカールは厚めな傾向があり、前述の要素も含め全てを兼ね備えたデカール、と云うのはなかなか難しい。
特に暗色面に白や黄色のデカールを貼る場合、隠蔽力不足が目立ちやすい。不安な場合、メーカーロゴや予備分などで試し貼りし、透けが目立つ場合は市販の白デカールで下地を作るか、白やライトグレーで下塗りをすると良い。
前者は国籍マークやエンブレムなど塊状で大面積なものに向き、後者は標識線など細くてマスキングしやすい形状のものに向く。いずれも難しい場合、金は掛かるがもう一枚購入して2重貼りする手もある。重ね貼りの場合は、1枚目と2枚目の間に必ず数日乾燥期間を取るように。半日くらいだと上のデカールを位置決めしている最中に下地のデカールの糊が溶けて動いてしまう場合がある。
では、タミヤ島風はどうかと云うと、貼りやすさの4要素は程よいバランスで、中では凹凸への馴染みがやや弱く感じられる。故にキットの説明書でもデカール軟化剤の使用が推奨されている。発色は文句なしで、煙突の白線を頂部の黒塗装の上から貼ってもちゃんと発色する。厚みは特段薄いと云う訳ではないが、リノリウム甲板を丸ごと再現するという特性上、ちょうどフィルム断面部分がモールドの入隅へくるため貼ってしまうと厚さは感じられない。
デカール貼りは下地が命
デカール貼りで重要なのは下地となる塗装面である。適切に密着させるためには、貼り付け面は半ツヤか光沢にしておきたい。ツヤ消し仕上げや荒れた面に貼った場合、密着しないばかりでなく、フィルムと塗膜の間に空気層が残りシルバリングと呼ばれる透明部分が白濁した見た目になってしまう。
左の「0」の数字のあたりに顕著。内包した空気層の反射で白銀に見えるのでシルバリングと呼ぶ。
特に艦船やAFVなど最終的にツヤ消しで仕上げる物が多いジャンルでは、専用色がツヤ消しの場合も多いのだが、ここは面倒でも一度表面をコンパウンドなどで磨きツヤを出した上からデカールを貼りたい。特にタミヤアクリルのツヤ消しはかなりしっかりツヤが消えるのでシルバリングしやすい印象がある。
複雑な形状は分割して単純に
キットでは船首楼甲板と後甲板がそれぞれ一体で印刷されているが、こうした複雑な形状の場合、位置合わせ中に細い部分が伸びたり切れたりして合わなくなりがちなので何枚かに分割すると良い。
島風では、船首楼甲板は主砲前後と艦橋両舷で4分割、後甲板は主砲前後と魚雷軌条内側・左側で4分割した。いずれも目地のラインに合わせて切り離すと継ぎ目が目立たない。
形状が複雑すぎて頭を抱えたくなる後甲板デカールも、単純な形状に分けてしまえば難しくない。
モールドの切り抜きはアバウトで良い
説明書にはサラッと甲板上の構造物の形を全部切り抜け、と指示していて、挫折しそうになった人も結構いるのではないかと思う。アウトラインはできるだけ印刷ギリギリを攻めて切り抜いた方が位置合わせが楽。だが、絡車やハッチなどの小突起の部分は無理にラインどおり切り抜かずとも、不要部分の対角線あたりで「×」の字型の切り込みを入れて突起を逃がし、付け根部分を軟化剤で馴染ませるだけでも問題なく仕上がる。
形状が複雑すぎて頭を抱えたくなる後甲板デカールも、単純な形状に分けてしまえば難しくない。
大きめの絡車などは流石に「×」の字切りだけでは厳しいが、これも境界ギリギリではなく、多少余白を残し、カドに切れ込みを入れておいて軟化剤で馴染ませる方が良い。下手にギリギリを攻めると、色付きの部分を切り落としたり傷つけてしまったりする恐れがあるのだ。
位置合わせは複雑な順に
分割したら、最も複雑な形状のものから貼ってゆく。船首楼甲板なら艦橋直前、後甲板なら一番艦尾寄りの突起物の多い箇所。前のデカールが生乾きの状態で隣接する箇所を貼ると、先に貼った箇所の糊が水を吸って溶け出してしまうので乾燥時間は充分とろう。慣れるまでは1日ほどおいてやると安全。3日も乾かせば、多少水をかけたくらいではびくともしないほど完全に定着する。1枚目が安定したら、隣接する個所から順に貼ってゆく。小さなものほど安定しないので、事故を防ぐためにできるだけ後に貼ろう。
とにかく小さなデカール片は弱いので、如何に貼ったあと触らずにクリアコートまで進めるか、と云うのを考える。
軟化剤は位置決めの後で
キットにはリノリウム押さえの凸線がかなりしっかりモールドされており、そのままでは密着しないので説明書にある通り軟化剤を使うと良い。今回はキットの指定通りタミヤの強軟化剤を使ったが、瓶の説明通り先に塗布してから貼るとデカールが伸びすぎてモールドとずれる恐れがある。
まずはそのまま水だけで貼って位置合わせし、平面部分が八割方密着したところで上から目地部分にのみ軟化剤を塗布して馴染ませよう。何もなしにちゃんと馴染む平面部にまで塗布すると、皺になる場合もあるので注意。
まずはウェスなどを使って面で圧着し、モールドのキワの部分はガイアノーツのフィニッシュスティック小で中心線から舷側へ空気を絞り出すように追い込んでゆく。突起物付近の切り抜き部分も同様で、まずは全体の位置決めが安定してから軟化剤を凹凸付近だけ塗り、圧着して馴染ませる。圧着には綿棒でも良いが、たまに繊維に付着した糊がデカールを掴んで剥がしてしまうので注意。
先の工程でアバウトに切り抜いた構造物も、この段階で軟化材をつけて馴染ませる。絡車のキワなどを密着させるのにフィニッシュスティックは使い勝手がよい。
余談ながら、キットのデカールでは目地の色が真鍮色だが、実際には昭和12年ごろから物資統制のため亜鉛メッキ鋼鈑になっており[1]、こだわる向きは目地の部分を軍艦色と同じか、やや暗めのグレーで上塗りしてから貼ると良いだろう。
今回紹介した手法はあくまで難易度を下げるためのもので、構造物きっちりに切り抜けて、分割しなくても綺麗に貼れる技量があるなら、キットの説明書通りの手順で問題ない。ただ、デカールは普通の塗装に比べれば不可逆性が高く、ひとたび駄目にしてしまうとリカバリーが難しいので、手間を惜しまず、二重三重に保険を掛けた段取りで臨む、と云うのが一番の秘訣だと思う。
アオシマの秋津洲の迷彩や、各社護衛艦の着艦標識など、近年では艦船模型でも大判デカールを貼る場面は増えてきたので、基礎的な扱いを習得するにはタミヤ島風のデカールは扱いやすさと程よい難易度で最適の素材だと思う。しかも失敗しても塗装に切り替えるのはさほど難しくないので、デカールに苦手意識のある人はぜひ挑戦してみてほしい。
写真引用元
参考ウェブサイト
- 「企画室S&S」『旧海軍のリノリウム甲板材について』2018年1月閲覧^1
甲板デカールは体験した事がありませんが適材適所であれば違和感なさそうですね。
将来は外国艦の複雑な迷彩もデカールで処理する時代がくるのでしょうかね~?
外国艦と云えばフライホークの英艦は割と迷彩が面倒なのばかりキット化されてるので、既存品用に追加でデカール出ないかなあ、と思わなくもないですが、あのモールドだと却って塗る方が楽かもしれません。最近ではアオシマが海外艦に精力的ですし、秋津洲での実績もありますから期待できるかもしれませんなあ。
こんにちは由良之助です。燕雀洞の更新ペースも戻りつつあり、新生活も漸く軌道に乗ってこられたのかというところでしょうか。「島風」の記事ということですが、これはデカール貼り一般の記事になりますね。私は航空機やレーシングカー等デカールが付き物というジャンルには縁遠いのでこのような記事は大変参考になります。模型の記事で「不可逆性」などという言葉が出るという言語感覚がたまらないので燕雀洞の熱心な読者になってしまいます。
外国艦というとROUND2モデルから出ている1/1200デスクトップモデルは迷彩デカールがついてきます。デカール自体はとても綺麗なものですが、肝心の成形品のほうが元パイロ製のとんでもなく古いものでほとんど前衛芸術の如きシロモノなので・・と、いますか・・要するにこんなものを買ってしまった私はプラモ変態だ・・という話でした(ちなみにそのような出来でありながら某フライホークのキットが買えるくらいの値段でした・・)。
こんにちは。できれば月2更新まで戻したいところですが、中々体力的に難しく、完全にペース復調できるのは今年後半くらいかなあと思います。まさに由良之助が仰るような、フネはそこそこ作るけど、他ジャンルをあまり作らないから今更初心者顔で人に訊くのもアレだし、そもそも誰にどう訊きゃいいんだ? みたいな人に向けて書きました。
最近は依頼の関係でフネばかりですが、元々雑食系モデラーである強みですかね。
ラウンド2モデルは初めて聞きましたが、サイトを見てみると、要は往年の名作・迷作ブランドの金型を引き取って再生産・流通をかけるという、本邦ならばマイクロエースがLSとかのキットを扱ってるような立ち位置のメーカーなのでしょうか。まあしかし、よくこんなキット見つけられるものですな……笑