短艇模型スペシャル No.6「英空母イラストリアスの短艇: 総論篇」– 1/700で初代空母イラストリアスをつくる: 4

短艇周りは目立たない部分ではあるが、このキットでは最も問題が多いと思う。さりとて完成後は飛行甲板に隠れ、拘っても全体の印象はさして変わらないのが悩ましいところ。

だが、それでもやはり調べたくなってしまうのだ、まあ一種の病気である。


まずは当時のイラストリアスが積んでいた短艇は何か。「Warship Profile 10: HMS Illustrious, Royal Navy Aircraft Carrier 1939-1956」 (以下「プロファイル」)によれば以下の14艘である。[1]

  • 35ft admiral’s barge (35ftアドミラルズバージ): 1
  • 35ft fast motor boat (35ftファストモーターボート、以降35ft FMB): 2
  • 35ft crush boat (35ftクラッシュボート): 1
  • 32ft motor cutter (32ftモーターカッター): 2
  • 25ft fast motor boat (25ftファストモーターボート、以降25ft FMB): 1
  • 32ft cutter (32ftカッター): 2
  • 16ft fast motor dinghy (16ftディンギー): 1
  • 27ft whaler (27ftホエーラー): 2
  • 14ft sailing dinghy (14ftディンギー): 2

上記のうち太字の5艘が天蓋付きの操舵室を持つ動力付きの艇、日本で云えば内火艇型のもので、本稿ではモーターボート型と仮称する。

25ft ファストモーターボート
25ft FMB。日本の内火艇に比べると、固定天蓋が3つに分かれているのが特徴。

そして、同級のヴィクトリアスの短艇が、「The Aircraft Carrier Victorious (Anatomy of the Ship)」(以下「アナトミー」)によれば以下の12艘である。[2]

  • 36ft mortor pinnace (36ftモーターピンネース): 2
  • 35ft fast motor boat (35ft FMB): 1
  • 35ft fast seaplane tender (35ftファストシープレーンテンダー): 1
  • 32ft cutter (32ftカッター): 4
  • 27ft whaler (27ftホエーラー): 2
  • 25ft fast motor boat (25ft FMB): 1
  • 16ft dinghy (16ftディンギー): 1

こちらは4艘がモーターボート型である。一方、キットで取付指示があるのは

  • 35ft級のモーターボート型 (C15): 1
  • 27ft級のモーターボート型 (C8): 1
  • 25ft級のモーターボート型 (C9): 1
  • 31ft級のカッター型 (E15): 4
  • 27ft級のカッター型 (E12): 2
  • 25ft級のカッター型 (E11): 2

の11艘で内3隻がモーターボート型、大きさ・数量ともに前述の2資料とは一致しない。
32ft (パーツ実測では31ft相当だが) カッターが4艘あることから、アナトミーのヴィクトリアスを参考にしたのかもしれないが、27ftサイズのFMB型や27ft・25ftのカッター型の艇は上記2資料にはない。C15が35ft FMB、C9は25ft FMBは間違いないだろう。

軽巡「シェフィールド」搭載のホエーラー
パースが付いてて判り辛いが、ホエーラーは後半がやや肥った木の葉形平面の艇。日本海軍では日露戦争期の艦艇に搭載例がみられる。

C8・E11・E12はサイズ的に合致する艇が無いが、E11は装備位置的に角船尾だが27ftホエーラーのつもりかもしれない。謎なのは、前作のアークロイヤルで27ftホエーラーはパーツ化されており、敢えて形状の異なるパーツを新規に起こす理由がない点だ。
また、16ftディンギーは完成後見えない位置なので省略されたのだろう。

ここまで各資料とキットが食い違ってしまうと、何を正とすべきか悩ましいが、今回はプロファイルの構成に準拠したいと思う。
できればプロファイルの記述も写真から裏を取りたいところだが、この時期の「イラストリアス」の短艇が確認できる写真は竣工時右舷後方のものしか見つけられず、完全特定には程遠い。

竣工時の「イラストリアス」右舷短艇
前から3列目のホエーラーは容易に確認できるが、前2列の構成は判りづらい。モーターカッターとホエーラーについてはプロファイルの記述と辻褄も合う。最前列の艇は正直よくわからない。

あと、冒頭に書いた通り、キットの短艇はサイズ云々以前にフネとしての基本形状がイマイチで、余計にどの艇をパーツ化したのかが不明瞭になっている感がある。
新キット作例と云うことで極力キットパーツの完全置換は避けたかったのだが、改修のベースとするにもサイズ・数量とも合わず、結局、大半を静協のWL共通ランナーの日本艦用短艇をベースとして作り直した。

アオシマイラストリアスの短艇の改修
左列がキットパーツ、中央が主に静協パーツで製作したもの、右列がベースとなったパーツ。
キットパーツが全体に扁平な傾向にあるのが判ると思う。


このキットの美点である船体形状の美しさとパーツ構成の簡潔さを連載冒頭に触れた所為で、どうしても各論の記事となるとひたすら粗探しのような構成になってしまうのが心苦しい。

以前から燕雀洞をご覧いただいている諸兄は周知のこととは思うが、私の持つある種の病的気質でやっている部分も多いので、指摘事項を確認するのと、それを修正すべきかは別物として考えていただければ幸いである。
例えば今回の短艇も、完成してしまえば飛行甲板の影となり横から眺めるだけのものなので、キットのまま組み上げても艦姿の美しさが損なわれる訳ではない。全体のシルエットに重きを置くモデリングであれば、知ったうえで無視しても構わないと思うのだ。

それでもなお短艇を作り変えたいと思ったのは、これがヒトのサイズを感じさせるものであり、また形状としてこんにちの我々にも馴染み深い姿をしており、それゆえにキットの曖昧な形状に覚える違和感が大きかったためである。
巨大な軍艦と云う、現代の民間人にとってはファンタジイにも感じられるような非日常なそれを理解するための入り口として私は短艇を視ているので、些か手間に見合わずとも、少しこだわってみたいのだ。


参考書籍

  • D.J.Lyon『Warship Profile 10: HMS Illustrious, Royal Navy Aircraft Carrier 1939-1956』Profile Publications、1971年、237頁^1
  • Ross Watton『The Aircraft Carrier Victorious (Anatomy of the Ship)』Naval Institute Press、2004年、128-129頁^2

資料協力: NEETジョンブルことfake johnbull氏 (いつもありがとうございます!)

写真引用元

「短艇模型スペシャル No.6「英空母イラストリアスの短艇: 総論篇」– 1/700で初代空母イラストリアスをつくる: 4」への2件のフィードバック

  1. こんにちは由良之助です。ブログ更新お疲れ様です。私は英国艦については何の知見も持ち合わせておりませんので製作記事について関心した点について書いてみます。
    飛行甲板と船体の接続部分に実艦写真の解釈を取り入れてひと手間掛かっています。地味といえばそうなのかもしれませんが、単純にくっつけた場合との違いは歴然です。
    私がダメなのは軍用機のことがあまりわからないというところでして、ソードフィッシュぐらいは知っているとは言え模型としてどう作るかとなると全然なのです。春園燕雀様は実機のイメージをしっかり持って作品に落とし込んでおり、雑食モデラーを自称されている強みが出ているところです。
    艦載艇も比較画像を拝見するとキットパーツは相当なモノのようで・・。昔からアオシマは船本体の基本形以外はアレなので静協パーツの恩恵を一番受けたと言われていましたが、未だにこうですか・・(fake johnbull様の指摘では艦載機の大きさもテキトーだそうで・・)。
    静協パーツはそのまま使って良し、改造のタネに使っても良しとは以前から述べられていた通りだと思います。
    HJ誌の依頼は何故か大型艦が多いのですが、MA誌のイラストリアス作例に勝てる気がしないと呟かれていたらMA誌の作例を担当された宮崎様よりコメントが寄せられるという展開があったりで、依頼品製作も悪くない話のようです(モデリングの方向性が異なるので勝ち負けはないと思いましたが)。

    次の依頼もまた大型英国艦でPOWですか・・。迷彩は苦手と公言される春園燕雀様がどのような手を打ってくるのか興味津々であります(苦手=できないということではない筈ですが)。
    本国艦隊時代に変えてくるかも・・・?

    1. すみません、このところ管理画面に入っておらずすっかり返信が遅くなってしまいました。
      甲板と船体の境目、不鮮明な写真が多く、大方の印象は「なんかゴチャっとしてるけど、何がついてるのかよく判らん」と云ったものだと思いますので、キットを素組しても何か物足りない気がするけど具体的にどう足りないかははからない、程度かとは思います。
      ただ、そこを敢えて突っ込んで効率悪いモデリングをしてみて、引きで見たとき「おお、なんかそれっぽい!!」てのが私の作風かと思ってますので、初の英国艦&大型艦作例としては持ち味を活かせたのではと思います。

      宮﨑氏は仰る通り作風が別物で、私が「引きで見たときの写真の印象」を重視しているのに対し、宮﨑さんは「間近で見たときの密度感や質感」を重視されているように思います。引きと寄りで正反対のアプローチだと思うのですよね。次作のPoWでは更に表現力と精度を上げられていて、後手としては冷や汗ものですが、製作コンセプトは明確なので双方買って頂いても損はない記事にしたいと思っております。
      ……吐いた唾飲まんとけよ、と云った有様にならねば良いですが (笑)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です