見た目だけならWW2最強対空兵器と名高い(?)「ヴィッカース QF 2ポンド砲」、通称「ポンポン砲」その知名度の割に良い造形のプラパーツに恵まれなかったのだが、近年フライホーク(以下、「鷹翔」)とファインモールドのナノ・ドレッド(以下、「ナノドレ」)から相次いで素晴らしいモールドのポンポン砲が登場した。
キットのポンポン砲はフライホークらしいメリハリの利いた彫刻で、非常にフォトジェニックだが全体にちょっとムッチリした感じがする。
そこで、以前イラストリアスを作った際にギリギリ間に合わなかったナノドレ版(そして、自作した途端にナノドレ版が発売されると云う、例のジンクスが発動)のレビューも兼ねて両者を比較してみる。6年前の製品なので今更ではあるが。
単体で見ると、鷹翔の彫刻ってナノドレっぽいな、と思うのだが、実際並べると意外と表現の方向性が違う。
機銃単体の図面は持っていないので「キング・ジョージ5世」図面等のアウトラインからの比較になるが、両社とも全体のボリュームに大きな違和感はない。このスケールにありがちなオーバースケールの機銃に適正サイズの銃座で妙に窮屈になったり、と云うのがキットデフォルトで発生しないのは流石鷹翔。
機関部にボリュームがある所為か、全体のサイズはほぼ同じなのに鷹翔は一回り大きな印象。
平面形はプロポーションの捉え方に大きな差があり、実物に近いバランスなのはナノドレ。特に銃身の細さは出色の出来で、多連装ならではの魅力が存分に発揮されている。
一方、鷹翔は銃身の太さが響いてか機関部が若干幅広で、その皺寄せで弾倉がやや小さい。それを補って余りあるのが弾倉上面の弾帯モールドで、前後2列の構造を誇張気味に彫刻しており無塗装でもかなり立体感がある。また、完成後はほぼ見えないものの、銃座後端の段落ちを再現しているのも素晴らしい。造形的な「映え」で云えば鷹翔に軍配か。
バランスのナノドレと、構造再現の鷹翔。両社のコンセプトの違いが端的に示されている。
側面形は2列2段の弾倉に両者のコンセプトの違いが見て取れる。
ナノドレは比較的実物に近いバランスだが、全体がほぼひと塊で「2列2段」の印象が薄い。
対して鷹翔は前後に長く縦横比がおかしいのだが、上下2段がパーツ分割で明瞭に分けられている。抜きの関係で前後列の仕切りこそ無いものの、前述の上面モールドの御蔭で斜め上から見たとき遠目にも「2列2段」構造がハッキリ判る。
総じて、省略を入れつつ全体のシルエットバランスの的確なナノドレに対して、ゴツめのバランスながらも濃いめのモールドで実物の構造や役割の表現に重きを置いた鷹翔、と対照的なコンセプトなのが面白い。
今回はシルエット重視でナノドレをベースとし、やや貧弱な弾倉の前後面にプラ板を貼り増しボリュームアップしつつ上下2段構造を再現した。惜しむらくは、両社とも機関部上に展開する照準器の支柱が省略されている点で、特に鷹翔は純正エッチングパーツをわざわざ用意しているにもかかわらず、支柱がパーツ化から漏れたのは首をかしげざるを得ない。ここはイラストリアスの時同様、ファインモールドの0.9×1.4mmエッチングメッシュと伸ばしランナーで多少省略しつつ再現した。
「正確な表現」と「説得力のある表現」は必ずしも一致しない
ここまでの比較を読むと、「ナノドレのバランスに鷹翔のモールド入れば最強じゃね?」と思う向きもあるかもしれないが、バランスが正確であるが故にただでさえ華奢なナノドレのポンポン砲へ鷹翔ばりの深い彫刻を入れてしまえば、一体どれだけの人が無事壊さずに扱えるだろうか。
個人的には、こういった相反する要素のコントロールが縮尺率の高い模型の面白さだと思っている。例えば、鷹翔の弾倉上面に彫刻されている弾帯は明らかにオーバースケールで、一発一発がこんなに大きな筈が無いのだが、ポンポン砲の基本構造を知る人なら誰もが「おお、弾帯までモールドされているのか!」と目を惹かれることであろう。
前掲の写真。実物の写真と並べなければ、オーバースケールな鷹翔の弾帯のモールドの方が「より実物に近い」と思わせる説得力がある。
他方、ナノドレの様なアウトラインとサイズ感に優れたパーツは、模型を実物の有名な写真と同アングルで見たときなどに各人の持つ実物のイメージに即した印象が得られる。私が1/700艦船でナノドレの機銃やダビットを愛用し、手すりや煙突の雨除け格子を省略する所以はまさにそこにある。部分部分ではそこまで高精細のモールドが無くとも、視点を引いて全体をひと固まりで見たときに「似ている」と思わせたいのだ。
以前作った夕雲。実物の写真と同サイズで並べたとき、手すりや雨除け格子が無い方がそれらしく見えるし、機銃はナノドレのこのボリューム感でなければしっくりこない。
すなわち、前者のシルエットやサイズを犠牲にしても細部表現に意味性を持たせるアプローチは、寄りの目線での説得力を。
後者のシルエットやサイズが崩れない範囲で細部表現を留めるアプローチは、引きの目線での説得力を重視していると云える。
これが1/24や1/35あたりの縮尺であれば、無理のない両立が目指せるが、1/700ともなれば技術のみならず、素材加工や強度の面での限界にも自ずと突き当たる。
感性の赴くままに手を入れるのも悪くないが、自身がどちら寄りの表現を志向しているのか、という部分を自覚してみると、こうした高品質な二択の際に最適解が導きやすくなるのではないかと思う。
1/35スケールの狩衣。布服用の型紙を元に紙を切り出して狩衣を作っているが、素材の厚みゆえの破綻などはほぼ生じない。これが1/700ともなると、0.1mm以下の薄さを追求しないと、なかなか実物の構造を忠実に再現……とはいかない。
記事の締めっぽいが、もう少しだけ続くんじゃ。
ところで、高角砲の砲室に何か違和感があるのだが
バランスのナノドレと、構造再現の鷹翔。両社のコンセプトの違いが端的に示されている。
ポンポン砲の写真を観察していると、どうも高角砲々室に違和感がある。
裾のあたりにグルリと一周する凸線、日本海軍の駆逐艦主砲々室なんかに見られる補強材かと思っていたのだが、どうもこれ、溶接線の誇張表現ぽい。
流石に誇張が過ぎるので削り落としたが、なまじモールドがシャープで説得力があるだけに、スルッと見逃しそうなのが怖い。たぶん、気付いてないだけで、似たような要素の見落としが結構あるんだろうな。
色がつくとこんな感じ。弾倉天面は薬莢の金色表現としてダークイエローで塗っている。
製作当時、鷹翔は4連装型を「対空兵器セット」として販売しており、いずれ8連装型も個別に売られるものと思っていたのだが、4連装の売り上げが振るわなかったのか、あるいは競合のナノドレ版が出てしまったためか、キット付属のものでしか手に入らないのが惜しい。
個人的にはバランス重視のナノドレ推しではあるが、ハイディテールな所謂「盛った」表現をする向きには鷹翔版の方が相性が良いように思われる。
キット付属版を元に、上述の照準器エッチングパーツを作り起こした単体版が発売されれば需要は有ると思うのだがなあ。
写真引用元
- 『Imperial War Museums』2023年6月閲覧
- 福井 静夫『写真 日本海軍全艦艇史』KKベストセラーズ、1994年