この記事を書いている2023年秋から見ると、この「プリンス・オブ・ウェールズ」(以下、「PoW」)を塗っていたのは約5年前の出来事になるのだが、こう云った後追いまとめ記事の辛いところで、「今となっては明らかにおかしいのだが、製作記事なのでそのまま紹介せざるを得ない」と云う事がまま起こってしまう。
すなわち、本稿の「PoW」の塗装については、写真をあまり信用しないで欲しい。
それはいかなる理由か?
大戦劈頭の英本国艦隊のグレー塗装については、以前、「イラストリアス」の項で触れた。5年前当時は、手探りの状態で諸説折衷のような形で結論付けていたのだが、その後、偽ジョンブル師の指導が有ったり、多少資料を読み込む時間が有ったりして、多少自分なりの結論が出てきつつある。
軸は、当時も参照した、ソヴリンホビーの公開している、マイケル・ブラウン、ショーン・キャロル、ジェームス・ダフ、リンジー・ジョンソンの4氏の文書である。
文中にて、従来ダークグレーとミディアムグレーの別色として扱われていた507Aと507Bは光沢違いの同色であること[1]、また、大戦中期のグレー系迷彩色G10と507A、G45が507Cと同様の組成――すなわち同色であることが結論付けられている。[2]
また、サンプルからの測色や公式文書より、G10やG45などの色名に含まれる数値は反射率(LRV)の値であることが推定されている。[3]
反射率とは、物体に照射された光線の内、どの程度の光が反射されたかによって色の明度を示す値である。すなわち、理論上の純白が100%で、理論上の漆黒は0%であるが、その間の値は必ずしもヒトの眼の感じ方とは一致しない。印刷物の所謂50%グレーと呼ばれる、白と黒それぞれから等色差のニュートラルグレーは、反射率50%とはならず、もっと低い値となる。
では、507Aおよび507Bの光反射率10%とは、修正マンセルで云えばどれくらいの明度なのか?
パナソニックのウェブサイトに反射率と修正マンセルの相関を示したデータ[4]があり、10%は明度4付近で4よりはやや暗めの値とされている。また、以前の記事で述べたように、4氏の調査結果では507A(507B)には微量の青顔料が含まれており[5]、これは長らく通説となっていたアラン・レイヴン氏の説による色相とも一致するものである。また、その彩度はニュートラルグレーと誤認される態度には低いのは前回述べたとおりであり、現時点で私の推定する507A(507B)の修正マンセル値は5PB 3.5/0.5~5PB 4/0.5付近である。
507A/507B ダークグレー | 5PB 4/0.5 | 「Royal Navy Colours of World War Two The Pattern 507s, G10 and G45」より推定 |
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507A/507B ダークグレー | 5PB 3.5/0.5 | 「Royal Navy Colours of World War Two The Pattern 507s, G10 and G45」より推定 |
上は原版、下は上記説に基づき垂直面のグレーが明度4程度になるよう全体の明度を調整したもの。
鉄甲板も木甲板も、意外と暗く見える。
さて、507A=507Bならば、鉄甲板部に見られる一段暗いグレーは何なのか?
同じくソヴリンホビーの公開している、1936年~1941年の本国艦隊の塗装についての解説では、木甲板に希釈した「Japan Black」、木部以外の甲板は「the non-slip deck paint」で塗るとされている。[6]ジャパンブラックは、当時金属塗装に広く用いられていたアスファルトによる黒色塗料である。[7]青や黄色などの有彩色の顔料成分は含まれないため、当時の木甲板は白木状態より一段黒ずんだ色であったと推定される。そして、肝心の「滑り止め甲板塗料」であるが、この記事内ではジャパンブラックを塗布した木甲板と同程度の明度、とされるのみで具体的な色調は示されていない。
一方、同サイトの「デューク・オブ・ヨーク」の記事では、迷彩を施されていないG10船体における水平面塗料としてG5が示されており[8]、先の507系グレーがそのままG系塗料としてリネームされた経緯を鑑みれば、「滑り止め甲板塗料」とG5は似通った組成と色調の塗料なのではないかと思える。そして、先の4氏の説から推定するならG5の明度は反射率5%、修正マンセルの明度3より僅かに暗いグレーと云う事になる。
滑り止め甲板塗料 | N 3 | 「HMS Duke of York – late 1943 (Battle of North Cape)」より推定 |
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滑り止め甲板塗料 | N 2.5 | 「HMS Duke of York – late 1943 (Battle of North Cape)」より推定 |
上記では無彩色としたが、507A同様、青顔料が含まれるかもしれない。
ここまでの経緯を纏めると、1941年前半における「プリンス・オブ・ウェールズ」の塗装は、垂直面が修正マンセル5PB 3.5/0.5~5PB 4/0.5、鉄甲板がN2.5~N3、木甲板もほぼ同明度のくすんだ茶色と思われる。だが、当時のモノクロ写真を見ると、垂直面と鉄甲板の明度差はそこまで大きくないように感じられる。
更に云えば木甲板は明らかに鉄甲板より明るく、寧ろ507Aに近い明度である
明るいとは云え明度4の茶色と云えば、Mr.カラーで云えばダークアースと同明度であり、各社の模型用塗料で木甲板色として販売されている各色に較べれば明らかに暗い。恐らく、ジャパンブラック塗布直後は鉄部と同程度の明度だったものが、表面の摩耗によって幾分薄まってしまっているのではないか。
メーカー・シリーズ名 色番 | 色名 近似修正マンセル値 | 購入時期 備考 |
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GSIクレオス Mr. カラー 新蓋 C44 | タン 10YR 7/4 | 2017年 (平成29年) 4月 |
タミヤ タミヤカラー ラッカー塗料 LP-16 | 木甲板色 10YR 6.5/3 | 2018年 (平成30年) 3月 |
GSIクレオス Mr. カラー 旧蓋/新ラベル C22 | ダークアース 7.5YR 4/2 | 購入時期不明 |
以前「嵯峨」を作った際、木甲板について調べたが、経年で明るくなった木甲板の推定明度が6~8であり、ほぼ新造時の「PoW」に於いては貼りっぱなしの木甲板の明度は4~5とみれば、そこにジャパンブラックを塗布したのちに薄まったとしても明度4前後に落ち着くのは辻褄が合う。また、チークの木甲板は経年で赤みが抜ける、逆に云えば新造時はかなり赤いので、ジャパンブラックの禿げてきた新し目の木甲板であれば前述のダークアース(7.5YR 4/2)あたりが妥当ではないかと考える。
上は前掲の明度調整後のもの、下は明度調整後の画像へ色付けしたもの。モノクロフィルムの感色性を無視しているので正確ではないが、木甲板が上記模型用塗料の甲板色より暗めなのは伝わる筈。
ここで冒頭の問いに戻ろう。「PoW」製作の時点ではそこまで深く考えずに概ね「イラストリアス」を踏襲しており、507A(507B)を明度5.5とみて、それを基準に木甲板と鉄甲板の色を推定した。つまり、本文をちゃんと読まず単語だけを追っていたため、肝心の「507Aが反射率10%のグレーである」と云う、記事の核心を見逃していたのである。結果として、連鎖的に総ての要素が明るすぎる仕上がりに至ったのだ。もう少し単純な形状であれば現在の認識に合わせた色でリペイントしてお見せしたいところだが、流石にこのゴチャゴチャを完成状態で綺麗にマスキングして塗れる気がしないので、これは戒めとしてそのまま公開しておく。
読もうとすれば色値は読めるが、参考にしないように。
現時点の見解に近い塗装例としては、翌年製作した「ケント」が近く、本連載に引き続いて解説の予定であるので暫しお待ちいただきたい。
やっと紙面確認したので告知。
現在発売中の月刊ホビージャパン2020年3月号にて、アオシマの新製品、HMSケント作例掲載中でございます。
満点ではないものの基本形の良い、別嬪さんなキットなので是非皆様にも作っていただきたい! #艦船模型 #ケント #ホビージャパン https://t.co/BglEXoiW1o pic.twitter.com/pPq6kKLTkI— 春園燕雀 (@EnjakuHaruzono) February 1, 2020
参考ウェブサイト
- 『Sovereign Hobbies』
- Michael Brown、Sean Carroll、James Duff、Lindsay Johnson「Royal Navy Colours of
World War Two The Pattern 507s, G10 and G45」2023年10月閲覧 5頁^1、12頁^2、13頁^3、4頁^5 - 「Home Fleet – 1936 to 1941」2023年10月閲覧 2頁^6
- 「HMS Duke of York – late 1943 (Battle of North Cape)」2023年10月閲覧 ^8
- Michael Brown、Sean Carroll、James Duff、Lindsay Johnson「Royal Navy Colours of
- 『Panasonic 法人向け』「各種材料の反射率」2023年10月閲覧 ^4
- 『Wikipedia, the free encyclopedia』「Japan black」2023年10月閲覧 ^7
写真引用元
- 『Imperial War Museums』「ON BOARD THE BATTLESHIP HMS PRINCE OF WALES. 20 APRIL 1941.」A 3918 2023年10月閲覧
はじめまして。当方62歳の出戻りモデラーです。スツーカの製作記事から拝見させて頂いております。MAやHJの作例記事も素晴らしいですね。
POWとは関係ないのですが(最新記事へのコメントということで)、ちょっとおたずねがあります。
日本の駆逐艦資料として、例の福井静雄氏の「68K本」の代わりに2005年ダイアモンド社発行の「日本海軍艦艇写真集駆逐艦」を所持しているのですが、駆逐艦に限った場合、68K本にしか掲載されていない写真はありますでしょうか?価格やスペース等もあり、なかなか68K本には手が出せないもので、もしご存じでしたら教えて頂けると幸いです。
碧海さま、コメントありがとうございます。
お尋ねの件ですが、両者を較べた場合、68K本の方が収録点数は圧倒的に多いです。ただし、掲載サイズの多くはハガキ大であり、細部を読み解くにはダイヤモンド社写真集の方が優れているように思います。
また、ダイヤモンド社の方は基本的に「一枚絵として見栄えのする構図」を選んでおり、モデラー的に需要の有る上方からのカットや細部のクローズアップについては68K本に軍配が上がるでしょう。
個人的には、2万円を切っていれば「買い」かなと思います(私は確か箱傷み品を1.5万円ほどで買ったような)が、現在、大和ミュージアムのインターネット公開写真が凄い勢いで充実してきていますので、一昔前ほど唯一絶対の存在ではなくなってきているように思います。
お答え頂きありがとうございます。
ネットで調べたら68K本の駆逐艦の写真は600点!ダイヤモンド社本の4倍ですね。
それを知ってしまうと、大型本ですが、やはり購入しようと思います。
引き続きよろしくお願いします。