解像度を意識して、船体のディテールを加減する – 続・1/700で天龍型軽巡をつくる: 5

今回から、各部の工作に入る。まずは定石通り船体から。

全体のラインは申し分なく、モールドも今日的なキレのある仕上がりだが「濃さの加減」に気になるところがある。
船体の工作では、主にモールドのバランス調整を主眼に手を加えた。


大戦期は船足を少し下げる

ハセガワの新キットは、恐らく私がスクラッチした時と同様に「平賀譲デジタルアーカイブ」の船体図面[1] を参照したと思われ、同図の形をよく再現していると思う。

ただ、喫水位置も同図を準拠したと思われるが、設定年次の頃には度重なる改正でかなり船足が下がっているので、船底板を省略するとイメージが良くなる。

舷側はモールドをひたすら間引く

側面のディテールは今日スタンダードな舷外電路はもちろん、舷窓の「眉毛」や外版継ぎ目まで再現される一方、主錨はやベルマウスは一体成型で表現されるなど、パーツ数も巧みに減らしている。

ただ、外板継ぎ目と眉毛は実物の写真だと、かなり寄った写真でなければ目立たないので消してしまう。
舷側装甲帯の境目はどの写真でも比較的はっきり写っているので活かし。
これに限らず、私のディテールの基準は概ね、模型と同サイズにプリントした「そこそこ写りの良い写真」で判別できるものは再現、写らないものは省略、としている。

「天龍」の舷側: 1919年(大正8年)
手持ちの「天龍」の写真の中では最も鮮明なものだが、それでもこの程度まで縮小すると外鈑継ぎ目や「眉毛」は殆ど見えない。[2]

舷外電路のモールドはシャープで良い感じなので活かしたかったのだが、外板継ぎ目と眉毛を消す際に邪魔だったので、一旦削って元の位置に付けなおし。
今回は以前紹介したカッティングマシンで0.4mm幅に切り出した紙製ラベルを用いてみた。

ラベルシールによる舷外電路の再現
「天龍型」の電路の写真は無いので、同じ舞鶴で工事を施した「名取」を参考に[3] 太さやパターンを決定。0.1mm程度の差でも意外と印象が変わる。

微妙な位置合わせのしやすさは、プラ材を接着するのに比べて優秀だが、瞬着を染み込ませても完全固着できない場合もあり、そこはプラに比べて一長一短。
舷側装甲帯の上端にある短冊状のパッチ (これ何て名前なんだ?) も割と目立つので、舷外電路と一緒にラベル紙で再生。

主錨も舷外電路作り直しの結果、連鎖的に作り直すことに。ナノドレッドを使用したが、元のモールドもかなり良いので、電路を弄らないならそのままで充分だと思う。

リノリウム甲板はエバグリをひたすら削る

キットのリノリウム甲板は以前触れたとおり、「龍田」の縦敷きリノリウムが再現され (!) 、構造物周囲に沿った押さえ金具が再現されるなど、かなり意欲的なつくり。
ただ、例によって凹モールド+スミ入れでリノリウム押さえを再現するため、勿体ないが作り直し
今まではプラストライプの2.5mm幅を敷き詰めて目地を構成してきたが、入手難になってきたため、エバーグリーンの2.5mmピッチのスジボリプラ板を使ってみた。

そのままではスジボリが太すぎて使い物にならないので、180番のペーパーでゴリゴリ削って浅く・細くしてからエッチングソーで整える。
手間の割には均等に仕上げるのが難しく、出来栄えも微妙で、この方法はまだ一考を要する感じ。

エバーグリーンのプラ板による甲板
キットのパーツを型紙にして、丸ごと置き換えている。艦首錨甲板はそのまま活かし。

目地の位置はキットを踏襲しているが、「龍田」のみ、リノリウム材の長さからすると横目地が足りない
理屈上は、後部発射管と3番砲の間あたりにもう1本無いとおかしいので追加。

また、キットでは「天龍」の1、2番砲の周囲のみリノリウムを区切ってあり、実物でも確認できる。これは写真をよく見ると3、4番砲も似たような処理に見える[4] ので追加した。
「龍田」には、それらの判る写真がないため、同じく佐世保工廠製の「球磨」[5]「長良」[6] のパターンを参考に砲周囲の目地を足してみた。

甲板目地の追加
クリックで拡大。「天龍」に追加した目地は現物の写真を参考にしているが、「龍田」の方は「球磨」「長良」からの推定。

「天龍」の3・4番砲付近: 1934年(昭和9年)
見辛いが、砲の周囲は前部主砲同様、上に1枚敷かれている様に見える。

「球磨」? の7番砲付近
原典では「球磨」とされているが、以前検証したとおり恐らく「長良」。

「球磨」の前甲板: 年次不明
こちらは本物の「球磨」。「長良」にも似た様な円盤状目地が確認できる。

甲板のフチはひたすら紙を貼る

舷側のスパンウォーターや、シェルター甲板のフチも、舷外電路同様にカッティングマシンで切り出した紙製ラベルを使用。
例によって、ピットロード風にスパンウォーターより外側が一段上がるようにアレンジしている。

カッティングマシンとラベル紙による極細帯材
左が貼った直後で、右がその上からサーフェイサー処理した後。
紙なので、こうした曲線の曲げは抜群に優れており、表面処理後は普通に色が乗る。

舷外電路と違い1本1本が短いため固着ミスのリカバリーがしやすく、また、曲線部分に紙の追従性が活きるので、かなり良い感じ。
但し、1mm以上の幅だと紙特有の表面のガサガサ感が目立つので、あまりこだわる向きには不適当かもしれない。

幅と長さは、舷側の汚れ位置や5,500t級を参考に決めてゆく。
キットでは左右対称にモールドされているが、実は短艇の位置が左右で非対称のため、それに合わせて排水樋の位置も船体中腹だけ左右非対称

これは、前述の舷側上端に貼られているパッチ外板を基準に見てゆくと判りやすい。
具体的には、キットの短艇位置は左舷準拠で、右舷はカッターと通船を前に出す。詳細な寸法は割り出さず、パッチとの位置関係で再現したので、詳細な位置は写真を見て判断してほしい。

「天龍」の右舷外鈑とダビットの位置関係: 1919年(大正8年)
赤線がダビット位置で、白線がパッチ外板の中心線。[7]
キットは「1942年時」指定で仮組しているが、赤線は開戦時仕様の指定に基づいて示している。
カッター位置が最も変更が大きく、通船は気持ち前、内火艇はほぼそのままで良い。

スパンウォーターを作り直している時、うっかり削り落としてしまったのでフェアリーダーをナノドレッドのものに換装しているが、これはキットのモールドの方が小さく、実物に近いサイズ。


今回は、ディテールを足すだけでなく、部分的には減じている。すなわち「ディテールダウン」。
舷側の外板表現や舷窓の「眉毛」などは、手摺や張り線を付ける場合はバランス的に映えると思うが、私のようにそれらを行わない場合はどうしても過剰に見えてしまう。
一方で、甲板の目地などは単調になりがちなので、推定も含めてできるだけ部分部分で変化を持たせるような解釈で幾つか追加している。
これらは個別具体的なディテールの判断と共に、全体を引いて眺めたとき、概ね解像度が均一になるように意識している

これが例えば舷側モールドを全て活かし手摺や張り線も設けるなら、甲板の目地もやや太めにして強調するだろう。
逆に、元の甲板目地のモールドに合わせていくなら、舷側は外鈑継ぎ目や眉毛のほか、装甲帯やパッチ外鈑まで削ってしまうと思う。
このあたりの統一感を心掛けていくと、各部を漫然とディテールアップするより一段精度が上がって見えるように感じる。
普段、本作に限らず心掛けている点だ。

ただ、パッと目を惹くポイントを工夫しないと、全体的に地味でメリハリのない印象になるので諸刃の剣でもある。
展示会とかに出すと、地味で目立たないんだよねェ、私の作品 ()


参考ウェブサイト

参考書籍

  • 『日本海軍艦艇写真集 巡洋艦』ダイヤモンド社、2005年、144頁^2
  • 福井 静夫『写真 日本海軍全艦艇史』KKベストセラーズ、1994年、292頁^3、265頁^7
  • 「『天龍』『龍田』」『歴史群像 太平洋戦史シリーズ32 軽巡 球磨・長良・川内型』学習研究社、2001年、74頁^4
  • 『写真 日本の軍艦 第8巻 軽巡I』光人社、1990年、43頁^5
  • 『日本巡洋艦史 世界の艦船 2012年1月号増刊』海人社、2011年、188頁^6

全て敬称略。

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