大変長らく間が開いてしまったが、短艇模型スペシャルの橈艇篇をお届けしたい。グダグダとしている間、幸いにも各社の英国大型艦キットがいくつか手に入ったので、それらと比較しつつ形状を検証してみよう。
「イラストリアス」、艦本体の船体形状は素晴らしいだけに、短艇ももうちょっと頑張って欲しかったなあ。
ちなみに橈艇 (とうてい) とはオール (橈) で漕ぐ短艇の総称で、代表的なものは勿論カッターである。
今回比較するキットは以下の通り。
- アオシマ イラストリアス (2017年発売)
- フライホーク プリンス・オブ・ウェールズ (2017年発売)
- トランペッター アークロイヤル (2017年発売)
- タミヤ レパルス (2007年発売)
タミヤだけ10年前ではあるが、表現では後発勢に勝る部分もあって比較する価値ありと考えた。
32ft Cutter (32ftカッター)
日本海軍における9mカッターに近いもので、汎用性が高く様々な艦艇に載せられている。
今回の比較でも全キットに含まれている。
アオシマだけ突出して似てないのが気になる。[1]
まず気になるのはアオシマの全体形。全長がやや短いうえ横幅が広く潰れたようなシルエットで、フチも分厚い。どうしてこうなった。
総合的に優れているのはフライホーク (以下「鷹翔」) だが、こと「イラストリアス」のキットに使うにおいてはディテールの密度が違いすぎて扱いづらいかもしれない。個人的にはタミヤのものが密度的には「イラストリアス」にマッチすると思う。
参考として挙げたウォーターラインシリーズの共通Wランナー(以下「静協Wランナー」)とファインモールドのナノ・ドレッド (以下「ナノドレ」) の9mカッターは全長が僅かに足りぬものの、Wランナーはタミヤ同様に密度感が程よく、ナノドレは鷹翔と同等のディテールを持ちながら価格と入手性に優れる。
また、ナノドレはこれらの中で唯一、オールを乗せる窪み (何て名前なんだろう?) を再現しており、らしさの部分で頭一つ抜けている。トランぺッター(以下「トラペ」)はタミヤより少し細かいけど平面形がイマイチで敢えて選ぶ理由が無いかなあ、といった印象。
今回の「イラストリアス」では静協Wランナーの日本海軍用9mカッターフチを薄くして使用しているが、これはキット本体との密度感のバランスでナノドレより勝ると考えたため。キットのモールドを全て付け直すくらい徹底的にディテールアップするならナノドレを使っただろう。
静協9mカッター、やや短い以外は素材として文句なし。
32ft Motor cutter (32ftモーターカッター)
32ftカッターと同系の船型にエンジンをつけてモーターボート化したもの。日本海軍における内火ランチが似たような存在か。構造的には橈艇ではなく内火艇だが、形状的にカッターと併せて紹介する方が良いので本稿に組み入れた。
原図は上側面外観以外の情報が多かったので、若干加工した。[2] 鷹翔以外の2つは、サイズ的に本当にモーターカッターかどうか自信が無い。
「イラストリアス」のキットでは前記32ftカッターと表現を区別しておらず、同じパーツを使う指定。
独自パーツを起こしているのは鷹翔とトラペで、鷹翔の方はカッター同様細密な出来でエンジンもそれらしくモールドされているが、カッターに比べて船体がやや浅い。
タミヤとトラペは全体に小さく別の短艇の可能性もあるが、タミヤは艇首甲板の形状、トラぺはエンジンらしきモールドからモーターカッターと推測した。
タミヤは側面形は良いが、平面形が似ていない。トラペは2パーツ構成の凝った作りで平面形もそれらしいが、細部の厚みが目立って折角の分割を活かせてない感じ。
今回の「イラストリアス」ではカッター同様に静協Wランナーの9mカッターをベースに、内部にプラ棒でエンジンを追加し、艇首甲板をプラ板で設けた。
拘る向きは中央の最大幅部分で二個イチして、1フレーム分船体を延ばすとより正確なバランスのものが作れるだろう。
27ft Whaler (27ftホエーラー)
ホエラーとも。前後とも尖った木の葉形の平面形を持つ橈艇で、名前の原義は「捕鯨船」である。形状ゆえに進行方向を問わず小回りが利くので雑用に重宝したとか。
これまたアオシマだけ (以下略 [3]
アオシマは前回述べた通り、根本的に形状が違う。どうしてこうなった (2回目)
鷹翔とタミヤは一長一短で、平面形と内部形状が良いのが鷹翔、側面形と全長が正しいのがタミヤ。ただいずれも些細な差なのでどちらを選ぶかはモールドの好みで良いと思う。ちなみに鷹翔はカッター・ホエーラーとも「WWII イギリス海軍小型ボートI」としても販売されているが、輸入品のため全部で14艘入りで実売2,000円前後と割高 (ほぼ同品質のナノドレのカッターボートが16艘入りで実売1,000円前後だ) かつ流通が不安定なのが惜しい。
今回の「イラストリアス」では静協Xランナーに入っている7mカッターの前半同士をニコイチして自作した。上図のとおり、ホエーラーの平面形は完全な前後対称ではなく前半より後半がやや太い。幸い、静協カッターはフチの肉厚がそこそこあるので前半は内側のライン、後半は外側のラインを基準にフチを薄く削り、非対称形を再現する。また、軽くシアーがついているので多少角度を付けて前後が浮くように接合し、ラインを整えている。
静協ランナー大活躍である。
さて、アオシマにはずいぶんと手厳しい評になってしまったが、5月のホビーショーに行った方から衝撃の情報が。
ボートは再掲すると、ホイラー、高速艇、ランチとも、非常にありがたい。
「別売、別売」騒いでたら、既製品順次変えてくから勘弁して〜と。
お願いするなら某FM社さんのNDシーリーズの方が?と。
う〜ん折角良いのがあるの勿体無い。 pic.twitter.com/Kr3TNvjb37— hosokawa 9/22,23艦船合同展 アートはるみ (@hosokawa0817) 2018年5月16日
なんと、アオシマが英国艦の短艇枠を丸ごとリニューアル!! しかも結構良い感じの形状だ。
既存キットの置き換えがいつの生産分からになるのかは不明だが、これから買おうという人は店頭で中身を確かめて新版入りのを買うと、私のように無駄な手間をかけずとも良くなるかも。
メーカーの姿勢としては称賛すべきなのだけど、なんというかこう、私が作例やる前に頑張っててくれれば……と恨み言が (笑)
しかしまあ、「天龍」・「龍田」に始まり、スツーカのB-1、「朝潮型」と私が手を付けると悉く直後に決定版キットが出る流れが遂に短艇まで。もはや呪いではないかこれ。
参考書籍
- Ross Watton『The Aircraft Carrier Victorious (Anatomy of the Ship)』Naval Institute Press、2004年、131頁^1 ^3
- Alistar Roach 『The Life and Ship Models of Norman Ough Kindle版』Seaforth Publishing、2016年、1218頁^2
資料協力: fake johnbull氏
燕雀さんこんばんは。こちらでは、初コメになりますね。
大変に参考になる記事です。
ブログ読者の方に補足すると、ホビーショーの話題の短艇は8月発売の
ドーセットシャーの物で、コメントにあるように既存キットも順次置き換えて行くとの事でした。
具体的には最速でも同艦の発売後各艦の再生産後になるので、結構先になるのでは無いかと思います。
アオシマさんは少ないスタッフでやり繰りしている為か、上記の短艇形状の様にポカミス?も多いのですが
(イラストリアスの開発時は少なくとも燕雀さんが掲げた図面を参考にしており、資料的には十分だったはずなので、短艇も最も形状を近づけられたはず)
ホビーショー等の機会でユーザーの声を吸い上げ、製品に盛り込もうとしている点は非常に好感が持てます。
ほそかわさま こちらでははじめましてですね、ようこそお越しくださいました。
既にヴィクトリアスまで買ってしまった身としては恨み言しか出ないですが (笑)、 昔から高雄の艦橋がクリア化されたり、陸奥の軌条が直ったり、細かなアップデートを欠かさないのは他社にない美点だと思っております。
願わくば発売前にもう少し煮つめてほしいとは思いますが、現状のラインナップはゲームによる需要ブーストを見込んでの予算獲得があると思われますので、旬の内に発売したいところもあるでしょうから中々難しいのでしょうね……。