前回、大戦初期の本国艦隊の塗装が中明度のグレー単色、甲板面はそれよりやや暗めのグレーであることを述べた。今回はその具体的色調について考えたい。
アラン・レイヴン氏の記事によれば、垂直面の「507B ミディアムグレー」が修正マンセル5PB 5.5/2、甲板の「507A ダークグレー」が5PB 3.5/2近似とされる。[1]
また、マイケル・ブラウン、ショーン・キャロル、近年のジェームス・ダフ、リンジー・ジョンソンの4氏による記事でも「507A」「507B」に含まれる有彩色の成分は「ウルトラマリンブルー」とされており[2]、レイヴン氏説の5PB色相と一致するものである。
アラン・レイヴン氏説 507A ダークグレー | 5PB 3.5/2 | 「The Development of Naval Camouflage 1914 – 1945」より |
---|---|---|
アラン・レイヴン氏説 507B ミディアムグレー | 5PB 5.5/2 | 「The Development of Naval Camouflage 1914 – 1945」より |
レイヴン氏説による明度は写真から受ける印象と一致するが、彩度には些かの疑問がのこる。同氏説による米海軍のネイビーブルーが5PB 3/2であり[3]、507Aの5PB 3.5/2より微かに暗い程度の差だ。
アラン・レイヴン氏説 507A ダークグレー | 5PB 3.5/2 | 「The Development of Naval Camouflage 1914 – 1945」より |
---|---|---|
アラン・レイヴン氏説 5-N ネイビーブルー | 5PB 3/2 | 「The Development of Naval Camouflage 1914 – 1945」より |
実際にその色値に合わせて調合してみると判るが、これはほぼ紺色か藍色である。色名と実際の色調がかけ離れたものである例は枚挙に暇がないが、先の4氏説の中でわざわざ「507Aと507Bは低彩度の青であり、ニュートラルグレーではない」と記載されている[4]ことから、完全な無彩色とする通説があったことを伺われ、そこまで彩度は高くなかったのではないかと思う。
製作時点では4氏による考察の発表前であり、また、同時期の状態の艦を描いた絵画や模型を見てもほぼ無彩色に近く描かれているものが多かったことから、濃淡2色とも青みは帯びているものの、もっと低彩度ではないかと考えた。
いずれも元写真から照明カブリを補正しているので厳密なオリジナル色調を再現できていない可能性があるが、少なくともレイヴン氏説ほど青みが強くないのは判る筈。
で、青みが強いとするレイヴン氏説と、模型や絵画にみられるほぼニュートラルグレーの色調にどう折り合いをつけるか。まずは最初に結論を示そう。
画像クリックで拡大。青みではあるが、グレーの範疇を外れない色味を意図した。
かつてピットロードカラーの日本海軍用グレーの呉工廠色がかなり青みが強い調合がされていたように、洋上のフネと云うのは海面の反射で実際より青みに記憶される場合がある。
海自の艦艇は甲板が修正マンセルN4、他がN5と完全な無彩色だが、舷側、特にフレアのある艦首部に顕著なように、海面の反射で青みのグレーに見える
レイブン氏説の彩度2もそうした海上での印象に基づく青みを強調された解釈であり、実際には0.5~1程度の低彩度であったと考えれば通説のほぼ無彩色として描かれたグレーとの辻褄も何とか合う。ミディアムグレーについてはレイブン氏説からそのまま彩度を下げた5PB 5.5/0.5、ダークグレーについてはスケールエフェクトを加味して彩度下げとともに明度も上げた5PB 4.5/0.5とした。
甲板 | 5PB 4.5/0.5 | GSIクレオス 特色ザ・グレイ 「グレートーン2」 |
---|---|---|
垂直面 | 5PB 5.5/0.5 | GSIクレオス Mr. カラー C305「グレー FS36118」 |
具体的な使用色としてはミディアムグレーがクレオス特色ザ・グレイの「グレートーン2」、ダークグレーがMr. カラーのC305「グレー FS36118」の瓶生である。
人物の帽子や飛行機のスピナーと較べたとき、甲板標識の色は明らかに暗いので黄色と判断した。
甲板の標識線は黄色とする説と白とする説がある。写真からの判断では多少の汚れがあるにせよ白には見えなかったので黄色説を採った。
黄色の色調についての資料は見つけられなかったが、一般に黄色と云われる範囲の色を低明度・低彩度のグレーの上に塗ると悪目立ちしてしまう。ここは先日のディジェと同じで、黄土色を置いて地色との対比で黄色に見せている。Mr. カラーのRLM04をベースにダークイエローを加え、5Y 7/10あたりの黄土色を作った。
水線塗料と煙突先端の黒はいつもの「真っ黒じゃない黒」の内のひとつ、Mr. カラーのジャーマングレー。
甲板標識 | 5Y 7/10 | GSIクレオス Mr. カラー C113「RLM04イエロー」 + C39「ダークイエロー」 |
---|---|---|
煙突先端・水線塗料 | N 2.5 | GSIクレオス Mr. カラー C40「ジャーマングレー」 |
空母の塗装で欠かせないのが甲板のタイヤ痕。これが無いとどうしても甲板が間延びして見えてしまう。特に「イラストリアス」級は装甲空母ゆえ、日本海軍の木甲板よりも単調になりがち。
実物の写真をみると、滑走ルートの中心線の他、甲板中ほどから後ろにかけて、3列で待機するためのガイド線に向けて放射状に汚れているのが特徴的なので、これを再現してみた。
就役の年の撮影で実戦経験の少ない頃だが、訓練のためかそれなりに年季の入った汚れに見える。
具体的な工程としては、タミヤのスミ入れ塗料のダークブラウンをドライブラシの要領で筆先半乾き状にし、先端でこするように短い軌跡を重ねてゆく。
上手く描けなかった場合は拭き取るが、その際完全に拭き取らず、わざとボケた状態のまま残したうえで再度軌跡を描き、汚れの層の重なりを表現した。
艦尾の汚れははっきりと様子が判らなかったのだが、着艦の際、多少左右にぶれた状態から中心線に向かうと考えられるので、中心線に沿わせつつも前半よりは多少汚れ部分の横幅を広めに取っている。
画像クリックで拡大。引きで視ると前掲の写真のようにぼんやりした汚れ、寄ってみるとその前の甲板アップの写真のように轍状のタイヤ痕に見える感じを狙った。
英国艦、と云うか海外艦の塗装は初めてだったのだが、資料を見て考えること自体よりも前段階の翻訳の方に手を焼いた。海軍大国のイギリス、しかも勝ち戦の二次大戦時の本国艦隊の塗装なぞとっくに結論が出ていると思っていたのだが、まだ新説が出て研究されている最中、と云うのが意外。
今回の塗色も自信を持って塗った訳ではないが、翌年製作した「プリンス・オブ・ウェールズ」で再び同色を塗った際もやはり同じ結論に至ったので、当たらずとも遠からじ、くらいの色調は出せていると思うのだが如何だろうか?
参考ウェブサイト
- 『ShipCamouflage.com』2018年11月閲覧
- Michael Brown、Sean Carroll、James Duff、Lindsay Johnson『Royal Navy Colours of
World War Two The Pattern 507s, G10 and G45』2018年11月閲覧 ^2 ^4