一年半以上続いた樅型シリーズも、ついに最終回。
最後は、完成写真と、これから作ってみようと思う人向けの資料を紹介して締めくくりたいと思う。
製作過程については、前回の記事でまとめているので、気になる方はそちらもご覧いただけると幸い。
何はともあれ、まずは写真をご覧頂こう。
今回の写真は、すべてクリックすると拡大できる。とはいえ、一般的なPCだと拡大前で概ね原寸くらいの様な気がするが……。
最初は、3隻揃った写真から。キットでは準同型の「若竹型」諸共同じ形にされてしまったが、艦齢が長いだけあり各艦意外と相違点があって、並べてみると三者三様の個性が見えてきて面白いと思う。
手前から「栂」「蓮」「栗」。
「樅型」の「栂」「栗」と、「蔦型」の「蓮」では、艦橋の印象がかなり異なる。
手前から「蓮」「栗」「栂」。
特型以降とは印象の異なる、鋭角的なラインの船首楼が特徴的。
左から「蓮」「栗」「栂」。
「栂」は艦尾兵装が最も充実しており、華奢な船体の割には武骨に見える。
手前から「栗」「蓮」「栂」。
太平洋戦争では最も旧式な駆逐艦であったが、低く身構えたようなシルエットが精悍。
工作の詳細は前回に譲るとして、完成品を見て感じたこと。
特型以降の艦に比べて艦橋がキャンバス張りであったり、砲座が木製グレーチングだったりと、模型的には彩りが豊かで見栄えがする艦たちだと思う。
樅型駆逐艦「栗」
二等駆逐艦「樅型」の4番艦、1920年 (大正9年) 10月に竣工。
八八艦隊計画の一環として、大正六年度計画により建造。基準排水量770トン。
大正期には水雷戦隊に所属し、昭和に入ってからは主に揚子江方面で在留邦人の保護や治安維持に活躍。太平洋戦争においては船団護衛の任に当たり、青島で終戦を迎える。
辛くも大戦を生き抜いたが、1945年 (昭和20年) 10月、釜山沖で掃海任務中に触雷沈没。
戦中戦後を通じ、海路の護りにその身を捧げた生涯となった。
今回の3隻の中では、最も「樅」のキットの仕様に近い。
全長を気にしないなら、3番砲座後ろに片舷型の爆雷投射機を一対追加してやるだけでそれらしくなる。
伝声管がノスタルジック。煙突のジャッキステーは、一般的な凸線表現が過剰に感じられたのでスジボリ+スミ入れにしてみた。
流行に乗り、艦橋内部を抜いて窓枠をエッチング化。
艦首機銃はナノドレッドの25mmを切り刻んだ物だが、意外と似ている気が。
上から見ると、砲座や機銃座の円形が連なり、昭和期の駆逐艦に比べて柔らかな雰囲気が有る。
樅型駆逐艦「栂」
二等駆逐艦「樅型」の8番艦、1920年 (大正9年) 7月に竣工。
八八艦隊計画の一環として、大正六年度計画により建造。基準排水量770トン。
艦歴は「栗」にほぼ同じく、大正期の水雷戦隊勤務を経て、昭和期には揚子江方面での在留邦人の保護や治安維持に活躍。太平洋戦争中は主に船団護衛に従事した。
1945年 (昭和20年) 1月、高雄にて空襲に遭い沈没。
終戦を目前にしながら、敵弾に斃れた。
基本的には「樅」のキットと同じ仕様なのだが、「栂」の場合は、船首楼甲板と後部煙突直後の機銃台が矩形になっているのが特徴。
また、3隻の中では、最も艦尾兵装が充実しており、「栗」同様の爆雷投射機に加え、大掃海具も装備していた。
ナノドレッドの大掃海具は支持架のアーム部分が抜けているので、水平に近い高さから眺めると精密感が抜群。
砲盾天蓋は、強度を稼ぐ意図もあり天幕を張った状態とした。
特に凝ったことはせず、境目を軽くスジボリして塗り分けただけ。
煙突の雨除け格子は実物の写真だと見えない事も多いので省略し、代わりに煙路内の仕切り板を再現した。
蔦型駆逐艦「蓮」
二等駆逐艦「蔦型」の9番艦、1922年 (大正11年) 7月に竣工。
八八艦隊計画の一環として、大正六年度計画により建造。基準排水量770トン。
大正期の水雷戦隊勤務を経て、昭和期には大陸方面で活動。
太平洋戦争初日、上海にて英砲艦「ペテレル」を撃沈、その後は「栗」同様、主に船団護衛に従事し、青島で終戦を迎える。
戦後、佐世保で解体。船体は福井県四箇浦港の防波堤となり、戦中とは異なるかたちで人々や船を護ることとなった。
「樅」のキットとは艦橋形状が全く異なり、煙突頂部も延長されているため、真面目に似せようとするとかなり大変。
また、主砲の砲盾は天蓋がついて丸みを帯びた後期型だが、キットパーツから改造するのは難しく、ピットロードのパーツはかなり大きいので、いずれにせよ手が掛かる。
砲盾はピットロードの物。形状こそ同じだが、ふた回りほど削り込んで小型化している。
「蔦型」固有の鋭角的な艦橋の平面形と、延長された前部煙突が相まって、3隻の内では最も軽快さを感じさせられる艦影。
主要参考文献
文献の方はおすすめ順なので、購入の際のご参考に。
下記以外に細々と参考にした資料もあるが、そのためだけに買うほどのものでもないと思ったので割愛。
岩重 多四郎『日本海軍小艦艇ビジュアルガイド 駆逐艦編』大日本絵画、2012年
紹介資料の中では数少ない、新品で入手可能な本。
写真こそ少ないものの、サブタイプの相違や基本形状の修正などが手際よくまとめられている。
考証やシルエットを重視する方にオススメ。製作始める前に欲しかった……。余談: 「栂」の艦尾兵装について、写真からして「敷設型」ではなく「掃海型」では無いか? という質問を岩重氏にしたところ、艦尾兵装区分は写真による判定で「栂」についてはどちらとも断定しかねる、という回答をいただき、私は「掃海型」と解釈して製作した。
『日本駆逐艦史 世界の艦船 1992年7月号増刊』海人社、1992年
『日本駆逐艦史 世界の艦船 2013年1月号増刊』海人社、2012年写真メイン。新旧あるが、重複カットは少なく、両者揃えておいても損は無し。
新版は新品が流通しているが、旧版は古書流通のみで、2~3,000円前後のとやや定価より高めの相場。
「樅型」「蔦型」では、旧版の「蓮」の上空写真、新版の「栗」の中央部のズーム写真が模型資料として役立つ。
ディテール派の人にオススメ。福井 静夫『海軍艦艇公式図面集』今日の話題社、1992年
絶版、古書流通のみで概ね4万円のほぼ定価前後の相場。
印刷状態が悪いが、「若竹型」の「芙蓉」の上面・側面と各主要断面図が収録されている。
恐らく、現在一般流通している唯一の「樅型」~「若竹型」系列の公式図面の複写。
印刷状態を鑑みると、コストパフォーマンスは微妙かも……。
私は、幸いにも近所の図書館に置いてあるので、必要な時に借りてスキャンしている。福井 静夫『写真 日本海軍全艦艇史』KKベストセラーズ、1994年
通称68K本、その名の通り、68,000円と云う価格が一部で話題になった、色んな意味で巨大な写真集。絶版、古書流通のみで概ね定価前後の相場。
他の写真集には無い固有のカットも多く、資料性は極めて高いが、如何せん価格と置き場が庶民の財布と部屋を圧迫する上級者向けの逸品。
私は、幸いにも近所の図書館に (以下略)『艦船模型スペシャル No.17 日本海軍 駆逐艦の系譜・1』モデルアート社、2005年
絶版、古書流通のみで3,000円前後と定価より高めの相場。たまに、個人経営の模型店でも新品を見かけることがある。
全長問題など、やや作例の記述に混乱があるが、「樅型」「若竹型」の作例と、図面が掲載されている。恐らく上記図面集と同じ元図から起こしたと思われる、「芙蓉」詳細図面が掲載されているが、個人的には一部のディテールの解釈に疑問が残る。
ただ、アウトラインはほぼ正確に模写されているので、前述の公式図面が入手できない場合、形状把握用としては充分代用できる。雑誌「丸」編集部 『丸 季刊 Graphic Quarterly 写真集 日本の駆逐艦 (続)』潮書房、1974年
絶版、軍事系に強い古書店ではよく見かけ、1,000円以下と割安に手に入ることも。
下記「写真 日本の軍艦」では省かれてしまった「樅型」~「若竹型」系列の写真が大量に掲載されている。
紙質のせいで画質がイマイチだが、全体形状の把握や装備の変遷を追うのには充分に役立つ。『写真 日本の軍艦 第13巻 小艦艇I』光人社、1990年
『写真 日本の軍艦 第14巻 小艦艇II』光人社、1990年数少ない、新品流通がある写真集。
13には哨戒艇 (但し、殆どの写真は駆逐艦時代の物) 、14には二等駆逐艦として紹介されている。
しかし、扱いがかなり悪く、グラフィッククォータリーの下位互換状態なので、そちらが入手できるなら不要。
参考ウェブサイト
こちらは書籍と違って、基本的にお金が掛からないので、時間が有れば一通り目を通しておくことをお勧め。
模型系サイトは「峯風型」や「神風型」の作品だが、ディテールや構造はほぼ共通なので、細部表現などでは「樅型」~「若竹型」系列でも応用できる。
(というか、ネット上で「樅」のキットに手を入れて作ってる人少ないよね……)
3者とも、当該のページ以外にも見所が多いので、ブックマークしておくと何かと役立つと思う。
桜と錨「桜と錨の海軍砲術学校-史料展示室「一般計画要領書」 (旧海軍艦艇要目簿・要目表) 造工史料」『桜と錨の海軍砲術学校』、2011年
全長問題準拠資料その1。全長のほか、喫水や乾舷、装備品数量など、図面や写真だけではわからない値が多く、調査の基礎資料や、図面の寸法あわせ用として有用。
但し、一般造船所向け配布用の手書き転記による複写らしく、作成時に不要と思われた項目は丸ごと省かれてしまったりしているのが惜しい。
また、転記時の人為ミスなどにより、一部辻褄の合わない値もあるので注意。minekaze1920「峯風1920 : ブリキ缶建造記」『ブリキ缶建造記』、2011年
当ブログにもコメントを寄せていただいている、minekaze1920氏による、ピットロード製「峯風」の作例。
伝声管の表現や、別の艦の記事だがPVCテープを用いた錨鎖など、ディテール再現でよく参考にしているサイトの一つ。
VAN「1/700第十三号駆逐艦: 模型ダイスキ!」『模型ダイスキ!』、2011年
VAN氏による、ピットロード製「疾風」の作例。「第十三号駆逐艦」は「疾風」竣工時の艦名。
主砲砲盾の小型や、艦橋と後部操舵室の表現など、上記同様、ディテール再現でよく参考にしているサイトの一つ。
あと、VAN氏の作ではないが、記事中に「船の科学館」に展示されている「芙蓉」の大型模型の写真が掲載されており、こちらも参考になる。
以上、著者・作者名など、敬称略。
そんな訳で、ようやっと完結である。書く方も疲れたが、読む側も結構疲れたのではないかと思う (笑)
出戻り前もあまり手が早い方ではなく、一作作るのに数か月、と云う事もザラにあり、途中で飽きて放置してしまう事も多かった。
今回は、以前と比べても破格の製作期間で、それでも何とか完成したのは、過程を全て公開し、しかもそれに対し、ブログ上やツイッター上でそれなりにリアクションが有ったことが大きい。
やっぱり期待されるとテンションあがるよねっていう (単細胞)
最後の一葉は、手乗り駆逐艦の図。
船体の小ささゆえに、艤装品のオーバースケールに悩まされる事もあったが、手に載せた時の密度感は何とも云えぬ良い感じ。
こんにちは由良之助です。出し遅れの証文のような話ですが「蔦級」という文言が書かれている本を偶然見つけたので御報告します。
現物は原書房が昭和47年に出した明治百年叢書シリーズの「日本近世造船史・大正時代」で、元は昭和10年12月に造船協会が発行した本を復刊したもののようです。
「第三章造船術の進歩」のP73に駆逐艦各級の解説があり「樅級」「菊級」「蔦級」と区分されていて「菊・蔦」各級は「樅級」の不便を改良したもので殆んど同じ、というようなことが書かれています。
また、峯風級についても「峯風級」「沖風級」「汐風級」「野風級」となっており、基本計画番号毎にクラス分けされているようです。
『造船協会』で出しているので何らかの公式資料に基づいて記されていると思われますので公的にもこのようなクラス分けだったということでしょう。
不安があるとすると、神風級は「旗風」までとなっていて「疾風」から「夕月」まで(睦月級は丸ごと)抜けていて次がいきなり「吹雪級」となっているというミスがあり、どこまで信頼できるのか・・というところです。
私の要約ではなく原文にあたりたいでしょうからデジカメ画像を付けようかと思ったのですがコメントには画像機能が無いのでしたっけ・・?とりあえずGメールで送れるのか試してみます。
近隣の図書館に見当たらなければ千葉県市川市の中央図書館に開架で置かれているので(借り出されているのは見たことがありません)いつでも見られると思いますが最寄のJR本八幡駅からはやや距離があります。
ちょっと見てみたいが面倒臭いという場合は『○月×日に秋葉原工作室に行くのでちょっと持ってきて貰いたい』というメールを由良之助宛に送るというテもあります。すぐに予定が合うかどうかはわかりませんが・・・。
返信遅れてすみません、貴重な情報ありがとうございます!!
「菊級 (菊型)」は確かにこの分類の方がしっくりくるのですが、となると何故一般計画要領書で消えてしまったのか気になりますね。
可能性としては、一般計画要領書作成の時点で駆逐艦籍に有ったのがF37の「栗」・「栂」とF37Bの「蓮」だけで既に菊型相当のF37Aが存在しないにもかかわらず、それの転記元である1940年以前の文書の隻数をそのまま書きこんだ都合上、蔦型に含めてしまったのか……。
いずれにせよ、由良之助さんのご指摘通り、日本近世造船史自体に怪しい記述が多いので、この記述だけを以て「蔦型」「菊型」が公式に存在したと断ずるには難しそうです。
あとひとつ、何か別系統で記載を見つけられれば確定と見て良いと思うのですが。
それではまた。